経営価値基準に基づく企業情報システムの分類と評価PDF版

Classification and Evaluation of Information Systems Based on Business Value Criteria

 

太田康之
OHTA Yasuyuki

東京情報大学 大学院総合情報学研究科

Graduate School of Informatics, Tokyo Joho University


関口
SEKIGUCHI Masuteru

東京情報大学
 総合情報学部

Faculty of Informatics, Tokyo Joho University 



要旨:

情報システムの評価については、すでに開発者及び利用者の双方からさまざまな基準や手法が提案されている。しかし、それにも拘わらず、情報システムの評価をめぐる両者間の認識ギャップが解消しつつあるとは言い難い。そして、その原因は、情報システムの利用分野が水平方向(利用分野)・垂直方向(利用水準)の両面において多様化の一途を辿っていることからくる諸概念の氾濫と錯綜にあると考えられる。本稿では、情報システムにおける経営価値(効用)の多面性(水平方向の多様性)とその実現過程の階層性(垂直方向の多様性)に着目し、これら両者を包摂する水平・垂直2次元分類のフレームワークを提案し、諸概念の体系的整理を試みる。

 

Abstract:

Although various concepts and methodologies are proposed and developed to evaluate the business value of information systems (IS), the recognition gap between top managers and IS experts about the contribution of IS to the corporate performance remains to be a headache to most of the persons concerned.

The purpose of this paper is to classify Information Systems based on the characteristic of the value they create, and clarify the contribution of IS and IS experts to the corporate performance.  

The main result so far is a hypothetic model to understand the whole process of business value creation by IT, which could be the effective basis to classify IS by business value criteria.


はじめに

 

情報システムが単純な省力化の手段に止まっていた次代が終わりを告げた1980年代以降、情報技術(以下IT)とその具体的効用実現形態である情報システム(以下IS)の専門家にとって、その利用者、特に企業経営者との意思疎通は常に頭痛の種であった。近年、いわゆるITベンチャーの台頭や大規模オンライン障害の社会問題化等の事件を契機にITあるいはISに対する経営者の関心が徐々に高まりつつあるとはいえ、それによってITおよびISに対する投資とそのリターンの評価に関してIS担当者と経営者が共通の認識を持つに至ったというわけではない。[1] 多くの経営者にとってITおよびISは依然として財務諸表上の一項目に過ぎない。

もちろん、これまでにも、このような状況を突破するための努力や提案がなされてきた。たとえば、IS担当者と経営者が共通の用語で語る必要があるということからITILIT Infrastructure Library)やBSCBalanced Score Card)などの手法が提案され広く受け入れられつつある。しかし、前者は、ITおよびISにおける経営価値実現プロセスの一部分(ITインフラの部分)をカバーしているに過ぎず、また後者は、ITおよびIS以外の要素を総合した評価基準であり、いずれも、ISの経営価値実現プロセスに焦点を当てたものではない。

本稿では、上記のようなIS担当者と経営者との認識ギャップの解消を目指し、IT及びISの経営価値実現プロセスをシームレスに捉える枠組みを提案する。


従来のIS評価における問題点

 

評価という作業は当然のことながら、特定の評価基準の基づいて行われるが、その評価基準は、どのような評価対象のどのような属性または特性を評価しようとするのかによって規定される。ISに関して言えば、評価対象とは、評価の単位となるシステム(たとえば、在庫管理システム)であり、属性とは、その効用(たとえば、在庫水準のリアルタイムフィードバック)である。この場合、在庫管理システムの在庫水準フィードバック機能の評価基準としては、扱い品目数やフィードバックスピード(ターンアラウンドタイム)、などが挙げられよう。しかし、一歩進んで上流及び下流とのリンケージ機能や、情報共有機能になると、これらは、はたして評価対象の属性なのか、評価基準なのか判然としない。

このような観点から従来のIS評価の実態をみると、評価対象システム、評価対象特性、評価基準の3者を明確に区分しているとは言い難い。

また、先行研究の大半は、IT投資額と財務指標との相関分析[2]か、IT活用能力に関する組織特性の分析[3]であり、ISによる効用創出過程は捨象されている。そのため、研究者、産業政策立案者及び経営者にとっては有益であっても、IS開発の当事者にとっては自らの開発成果であるISそのものの経営価値が評価されたことにはならないという恨みがある。

 いずれにせよ、企業におけるIS評価においては、評価対象システムの単位、評価対象特性、および評価基準がいずれも個別プロジェクトの状況に応じて規定されてきた。その結果、IS開発の現場では次のような問題が生じている。

?     評価対象システムの単位とシステム開発における分業単位が必ずしも一致しない。そのため、開発担当者の貢献が正当に評価されにくい。たとえば、システムのインフラ部分の欠陥がアプリケーション部分を含むプロジェクト全体の評価に及んでしまうようなケースである。

?    評価基準がITの経営価値実現過程における階層性を反映していない。したがって、最終段階における経営価値のみで評価されがちであり、垂直分業の中間生産物であるISが正当に評価されにくい。先の例で言えば、在庫が減らない原因をそのまま在庫管理システムの品質に帰着させるようなケースである。

?     評価対象特性がITの経営価値実現過程における垂直分業の担当範囲を適切に反映していない。たとえば、業務改革が進まない原因をすべてシステム担当者の責任に転嫁してしまうような場合である。

 

本研究のアプローチ

 

 IS評価をめぐる上述のような問題は、基本的にISの評価単位を特定するための共通基準が存在しないことに起因すると考えられる。本研究では、以下の前提に基づいて経営価値基準に基づく企業情報システムの分類法を考察する。

?     ISの評価単位は、ISによる経営価値実現単位に一致しているべきである。

?     ISによる経営価値実現単位を規定する主たる要素は、その用途(目的)区分と工程(価値実現過程)区分である。

?     用途区分には機能特性を、また工程区分には分業構造を反映させるべきである。

これら3つの前提は、評価の対象となる活動と成果は1対1で正確に対応しているべきだとの原則に基づいており、管理会計における活動基準原価計算(Activity Based Costing)と基本的に変わらない。

 

ISの経営価値実現プロセス

 

前節で仮定したISによる経営価値実現単位を規定する2つの要素、用途(目的)区分および工程(価値実現過程)区分のうち、IS 担当者と経営者との共通認識を難しくしているのは、主として後者である。なぜなら、前者においては評価の対象となる経営価値がどのようなものであれ、経営者にとっては馴染みのある概念であるのに対して、後者における中間工程の成果は、経営者にはなじみがないか、あるいはまったく関心の湧かない概念だからである。

 本研究では、ISの経営価値実現工程を垂直の分業構造として規定する【図1】のようなモデルを設定し、IS評価をめぐるIS担当者と経営者間の共通基盤を探索する。



図1 企業情報システムの開発過程とITによる効用実現過程

     ITIL: IT Infrastructure Library
     
 SCM: Supply Chain Management
      
ERP: Enterprise Resource Planning

BSC: Balanced Score Card
KPI: Key Performance Index

 


本モデルの目的は、ITによる効用(経営価値)実現過程をその技術的加工工程(上段)とIS担当者及び経営者による分業構造(下段)のセットとして俯瞰することにある。上段は、要素技術としてのIT、用途実現形態としてのIS、及びISをインフラとして運営されるBS(事業システム)の区分を示し、下段は、システムインフラ担当者としてのテクニカルエンジニア、業務システム担当者としてのアプリケーションエンジニア、及び事業責任者としての経営者やコンサルタントの分業関係を示している。また、下段の横線の上に列記したITおよび経営に関する略語は、それぞれの担当者が上段の開発工程に対応して創出する効用の例示である。このモデルは、以下の2つの重要な主張を含んでいる。

?     ISおよびIS担当者が関与するのは、あくまでもBSを通じて機能する効用(経営ツールとしての有用性)の実現過程であって、その運用および運用結果としての経営成果ではない。IT投資が組織の革新につながっている企業群においては、IT投資額と経営成果(財務的成果)の間に正の相関が見られるという報告[4]もあるが、これは、統計的に成立する関係であり、個別企業におけるISの効用を経営成果によって評価しうると考えることはできない。

?     ISの構築過程およびBS構築過程は、それぞれが内包する分業構造によって各々2つの工程に分割される。その結果、IS構築過程は、全体として5段階の工程に分割されることになる。従来のIS評価にかかわる問題の多くは、経営者がITとBSの2段階の区分で考え、IS担当者が5段階の区分で考えてきたことにも起因していると推測される。近年、電子商取引に関連するビジネスモデル特許(実態はビジネスプロセス特許)が注目される中で、ビジネスプロセスの革新事例が多数報告され、それに関する研究事例[5]も多いが、いずれもビジネスプロセスに焦点が当てられており、その実質的実現手段であるISの機能を抽出分離して評価したものは見当たらない。

 

 

 

経営価値基準に基づくIS特性の分類と評価

 

上記の考察から、ISによる経営価値実現単位を規定する2つの要素、用途(水平)区分および工程(垂直)区分のうち、後者に関しては、IS開発工程とISによる効用実現過程、また、その間の垂直分業関係を反映する区分であるべきだとの示唆が得られた。一方、前者に関しては、事業あるいは個別業務機能のニーズに対応するという性格上、構造的な分割区分を特定することは困難であり、多数の事例から帰納的あるいは統計的に分割単位を探索していかざるを得ないと考える。

これに関しては、分析に着手したところであり、基準となりうるような区分の抽出には至っていない。本稿では、近年、IT投資の重点分野として注目されているいくつかの分野について、それぞれがIS開発工程のどの段階でどのような効用を実現しているのかを例示するにとどめたい。【表1】に、SCMCRMSFAの3分野における、開発工程区分ごとの実現効用(例)を示す。


 

 


1  ISの経営価値実現単位区分(例)

 

 

要素IT

情報システム

(インフラ)

情報システム

(業務)

ビジネス

プロセス

ビジネス

モデル

事業活動

事業成果

SCM

サーバ/PC

DBMS

インターネット

エクストラネット

統合データベース

情報共有機能

業務連携機能

上流企業との

業務連携

業務提携

業務統合

在庫圧縮

 

CRM

サーバ/PC

DBMS

インターネット

統計ソフト

コンタクトセンター

WEBサーバ

データウエアハウス

企業ポータル

顧客管理機能

データ解析ツール

顧客指向組織

部門関連携

1対1マーケティング

製版同盟

リピート率増大

SFA

サーバ/PC

DBMS

インターネット

携帯端末

WEBサーバ

統合データベース

企業内ポータル

顧客管理機能

営業支援機能

顧客指向組織

部門関連携

モバイル組織

顧客密着営業

受注率向上

不採算受注減少

      SCM: Supply Chain Management
      CRM: Customer Relationship Management
      SFA: Sales Force Automation

2重下線:ISが実現した効用(設計過程で確定)

1重下線:ISは可能性のみ提供(設計過程で確定不可能)


 

 

まとめ

 

本稿は、「経営価値基準に基づくIS評価法の研究」の一環として進めてきた「経営価値基準によるIS分類」の中間報告であり、仮設モデルを提示したに過ぎない。しかし、企業社会におけるIS担当者及び産業界における情報サービス産業の役割について、IS開発者と経営者をはじめとする第3者が共通の言葉で語る手段を提供するという目標の足がかりは得られたのではないかと考える。

今後、本稿で提示したモデルの妥当性と有効性の検証を進めて行く必要があるが、そのためには、相当数の開発プロジェクトに関する実態調査が必要となる。本学会会員企業をはじめとする各社の協力を得ながら進めていきたいと考えている。

 

 

参考文献

 

[1] 情報化白書2003, p.60-62
[2]斉藤克仁“情報化関連投資を背景とした米国で生産性上昇”日本銀行調査月報 2000.2, pp3-46
[3]角埜恭央、椿広計“日本企業のIT経営に関する因果構造”, 経営情報学会誌, Vol13 No.4, pp.69-86 ,2005
[4] Eric Brynjolfsson, Lorin M. Hitt and Shinkyu Yang “Intangible Assets: Computers and Organizational Capital” Brookings   Papers
  on Economic Activity: Macroeconomics (1), pp137-199

[5] Eric Brynjolfsson, and Lorin M. Hitt “Computing Productivity: Firm-Level Evidence” The review of economics and Statistics 85:4,
  Nov.2003, pp793-908


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