その1・・・1958年18歳の夏 |
「アメリカ民謡:マギー若き日の歌を」、「エノケンのラジオ物語」、千鳥が淵の「科学警察研究所」を繋ぐ思い出 |
これら3つの間に本質的には何の関係もない。 しかし私の心の中でこの3つは分かち難くむすびついている。 それはこういうことだ。 |
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東大受験に失敗した浪人1年目、私は西荻窪駅から程近い商店街裏の田村実さん宅に下宿していたが、楽しみと言えば善福寺池や吉祥寺、荻窪界隈の散歩と、床についてから聴くラジオ、とくに30分くらいで終わるラジオ物語とクラシック音楽番組だった。 なかでも、初代コロンビアローズが歌った巡礼親子の歌と 晩年の エノケン が自ら歌いながら語る 『マギー若き日の歌を』 の哀切な響きは、今なお記憶に残っている。 とくに後者は、それまで全く聴いたことが無かったこともあって耳について離れなかった。 そのころ、水道橋駅近くの予備校(研数学館) に通っていた私は、昼休みに1人で九段から千鳥が淵 の方まで散歩の足を伸ばすのが常だった。 その日は、ポロシャツにゲタ履き、腰に手ぬぐいと言う田舎者丸出しの格好だったが、自動車の喧騒を良いことに先日聴いたばかりでうろ覚えのメロディーを大声で歌いながらお堀端の散歩道を下って行った。 ソーソーミーレド レドドーラドー ラソードドミー ソソレー ソーソーミーレド レドドーラドー ラソードミソー レミドー ドーラーララソー ララソーミソー ミレーソソソファシラソー ソーソーミーレド レドドーラドー ラソードミソ レミドー その時、ふと大道りの反対側を見た私は、思わずハッとして息を呑んだ。 今まで見たことも無いような綺麗な女性がびっくりしたような目でこちらを見ているではないか! ばつの悪いこと夥しい。口をつぐんだ私は、世の中にこんなに綺麗な人がいるものか・・・と唯々感嘆するしかなかった。 いったいあの人は何だろう。いったい何処へ行くのだろう。 しかしそれも一瞬のことだった。その人はさっと身を翻して真向かいの建物の階段を上ると吸い込まれるように中へ消えていた。 建物の入り口には 『科学警察研究所』 と書かれていた。 20年来評議員を務めている都市防犯研究センターでもその人のことが話題に上ったことはない。 あれは夢だったのだろうか。 その都市防犯研究センターもこの3月で解散することになった。 わたしと警察庁をつなぐ唯一の接点が消え、すべては18歳の夏の夢となった。 後日譚 ・・・
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